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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)4694号 判決

主文

一  原告が被告のコントラバス奏者たる地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、昭和六三年二月以降毎月二五日限り一箇月金四〇万三四八〇円の割合による金員、並びに金六〇万円及びこれに対する同年一月一日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、第四項と同旨。

2  被告は、原告に対し、昭和六三年二月以降毎月二五日限り一箇月金四〇万三四八〇円の割合による金員、並びに金四〇〇万円及び内金二〇〇万円に対する同年一月一日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  地位確認請求等

原告は、昭和三九年一〇月以来被告にコントラバス奏者として雇用され、被告から昭和六二年六月分以降毎月二五日限り本給税込金三九万五五七〇円及び交通費金七九一〇円の支給を受けていた。

被告は、原告が被告のコントラバス奏者たる地位にあることを争い、同六三年二月一日以降原告の就労を拒否している。

2  損害賠償請求

原告は、以下述べるとおり、被告の不当解雇を内容とする不法行為により、金二〇〇万円相当の精神的苦痛を受けた。また、右不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は金二〇〇万円と評価される。

(1) 被告は、原告に対し昭和六二年一二月三一日付で解雇の意思表示(以下「第一解雇」という)をした後、一旦これを留保したが同六三年一月三一日付で再び解雇の意思表示(以下「第二解雇」という)をした。

(2) 別紙被告の楽団員就業規定(以下「就業規定」という)の第[2]項は、楽団員の解雇を楽団員に同条項所定の事由あるいはこれに準ずる事由が存在する場合に限定している。原告には右解雇事由はない。

(3) 被告と労働組合日本音楽家ユニオン大阪フィルハーモニー交響楽団支部(以下「組合」という)間の別紙昭和六一年六月二五日付協定(以下「協定」という)の第[5]項は、組合員の解雇について労使の協議等を規定している。右協議は事前の協議をいうものと解すべきであるが、第一解雇は右協議なくしてなされたものであり、第二解雇は右に規定する協議が整わずなされたものである。したがって、第一、第二解雇はいずれも右協定条項に違反するから、無効である。

(4) 仮に第二解雇につき組合との協議が整ったとしても、組合は以下の理由により、原告の解雇に同意する資格はないから、第二解雇は労働者側の同意なくしてなされた無効なものといわざるを得ない。

組合は、労働組合法二条一号に該当する使用者の利益代表者である被告楽団事務局長宮澤敏夫(以下「宮澤」という)の加入を許し、しかも組合代表委員藤井允人はコンサートマスターでないのに被告から同条二号所定の「使用者の経理上の援助」に該当する月一〇数万円のコンサートマスター手当の支給を受けているから、同法上の労働組合に当たらず、実質的にも組合の被告への癒着は甚だしいから、組合には組合員を代表する資格はないというべきである。

(5) 第一、第二解雇はいずれも、労働基準法二〇条一項、三項、一九条二項に違反するから無効である。

(6) 被告は、原告の解雇理由を原告が兄の経営する音楽事務所の取締役に就任したことをもって兼職行為、妨害行為、競業行為に該当すると主張しているが、いずれも失当である。

兼職行為について、被告は楽団員の兼職を禁止しておらず、多くの他の楽団員は様々な兼職をしている。また原告は、右音楽事務所の業務のため、被告における勤務を疎かにしたことは一度もない。

妨害行為について、原告は被告の演奏計画を妨害する外人演奏家の招聘を実施したことはなく、被告の主張は全く事実無根である。

競業行為について、原告は右音楽事務所においてチーフディレクターと称して、コンサート等の企画、運営、実施に携わっていたが、このことと原告の被告におけるコントラバス奏者としての職務とは競業関係に立たない。原告の右音楽事務所における活動は他の優れた演奏に自らも接し、一般の聴衆に内外の優れた演奏を聴く機会を提供することを目的とし、純然たる営利活動ではないから競業関係を生ずる余地はない。

したがって、被告主張の解雇事由はいずれも正当な解雇理由ではない。

3  よって、原告は被告に対し、雇用契約に基づき原告が被告のコントラバス奏者たる地位にあることの確認、昭和六三年二月分以降の賃金等として毎月二五日限り一箇月金四〇万三四八〇円の割合による金員、並びに不法行為に基づく損害賠償として金四〇〇万円及び内金二〇〇万円に対する不法行為日の翌日である同年一月一日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2の冒頭部分は争う。

(1) 同2の(1)は認める。

(2) 同(2)のうち、楽団員の解雇が就業規定第[2]項所定の事由及びこれに準ずる事由が存在する場合に限られることは争い、その余は認める。

右条項は、楽団員の義務違反や背信行為に基づく被告の解雇権行使を制限する根拠にはなりえない。

(3) 同(3)のうち、協定の存在及び協定第[5]項の規定、第一解雇が右条項所定の組合との協議なくしてなされたことは認め、第二解雇が右協議が整わずなされたことは否認し、その余は争う。

(4) 同(4)のうち、被告事務局長宮澤が日本音楽家ユニオン関西地域支部に加入していること、組合代表委員藤井はコンサートマスターでないのに被告から月一〇数万円のコンサートマスター手当の支給を受けていることは認め、その余は争う。

宮澤は事務局長就任と同時に一切の組合活動から手を引いたが、従来から加入していた芸能人年金保険継続の必要上、また同人は単に被告の楽団員だけでなく、コントラバス独奏者の地位にある関係上右組合員資格を保持している。また、藤井は被告の業務命令によりコンサートマスターの地位から第二バイオリンのトップに就任したため右手当の支給を受けているにすぎない。したがって、これらのこと故に組合と被告が癒着しているということにはならない。

(5) 同(5)は争う。

被告は第一解雇から一箇月の予告期間をおいて後第二解雇をしているのであるから、何ら労基法に反しない。

(6) 同(6)のうち、被告が原告の解雇理由を原告の行為が兼職行為、妨害行為、競業行為に該当すると主張していることは認め、その余は争う。

三  抗弁(請求原因1に対して)

1  被告は原告に対し、昭和六二年一二月三一日及び同六三年一月三一日、第一解雇、第二解雇(以下、両者を「本件解雇」という)をした。

2  就業規定第[2]項及び協定第[5]項の解釈について

就業規定第[2]項は楽団員が演奏技術の著しい低下や精神または身体の障害により一般に要求される最低限度の演奏が不可能になった場合の解雇に関する規定である。そして右のような演奏技術に関する微妙な問題については被告の判定が困難であるため、専門家である楽団員のみが的確に判断しうる事柄として、協定第[5]項が存在するにすぎない。

したがって、就業規定及び協定は、義務違反ないし背信行為を理由とする解雇については何ら規定していないのである。仮に前記各条項が右の場合にも適用されるとするならば、楽団員にいかに重大な不法行為や背信行為があっても組合が合意しない以上被告は解雇できないことになり、極めて不当な事態を招来する。右各条項はかような趣旨を含めて作成締結されたものでは断じてない。

3  本件解雇手続について

本件解雇について協定第[5]項の適用がないことは前記のとおりである。しかし、被告は第一解雇後組合から解雇に同意できないとして交渉の申入があったのでこれ尊重し、同六三年一月六日から同月三〇日まで計六回に渡り協議を実施した結果、組合は原告に対する解雇処分は止むなしと判断して協議を終息させた。

4  本件解雇理由について

被告が原告を解雇したのは、以下述べるとおり、原告が音楽事務所を設立し、被告に対し運営面でも収入面でも多大な損害を与え、被告の楽団員としての立場と基本的に抵触する行為をしたからにほかならない。

(1) 原告は、被告と競業関係に立つ音楽事務所株式会社JアンドJ(以下「JアンドJ」という)を設立した。

(2) 被告は毎年六月から七月にかけて翌年の定期演奏会のスケジュールやプログラムを設定し確定しているところ、昭和六二年七月ころ、翌年一〇月二日の定期演奏会には、その時来日予定のアルフレッド・ブレンデルを招聘しその客演によるピアノコンチェルトを計画し、その招聘元である東京の高柳音楽事務所に同人の出演確保を依頼した。ところがJアンドJが、右高柳音楽事務所に対し、同事務所が引受け手がなく困惑していた他の二つの企画とブレンデルの企画とを引き受けるという条件を提示したため、同音楽事務所は、大阪におけるブレンデルの公演をJアンドJに売却したため、被告の右依頼を断った。そこで被告はすでに企画していた同六三年一〇月の定期演奏会のスケジュールを組替え、一一月二日他のプログラムをもって代替せざるを得なくなり、対外的イメージダウンや収益減を招いた。

(3) 被告は、同年五月一七日、七月九日大阪で定期演奏会を予定していたが、JアンドJが同六三年五月二二日、七月一二日同地において演奏会を開催したため、右二つの定期演奏会において客足が大幅に低下し、被告は相当な収入減を被った。

(4) JアンドJは、被告の右七月九日開催の「朝比奈隆氏生誕八〇年記念定期演奏会」に対抗して、被告及び朝比奈隆氏に無断で、「朝比奈隆バースデーコンサート」を企画したが、被告の知るところとなり、これを中止した。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁1は認める。

2  同2は争う。

協定第[5]項の文言には被告主張のような限定が付されておらず、被告のような恣意的解釈は、労使間で交わされた労働協約の趣旨を没却することになる。

3  同3のうち、組合が最終的に本件解雇は止むなしと判断して被告との協議を終息させたことは否認し、その余は認める。

仮に組合が原告の解雇に同意していたとしても、請求原因2の(4)で主張したとおり、組合は被告と癒着しており、原告ら楽団員を代表する資格はなく、また右同意は、原告の正当な利益を擁護する立場からなされたとはいえないから、協定第[5]項に違背する。

4  抗弁4の冒頭部分は否認する。

(1) 同4の(1)は否認する。JアンドJを設立したのは原告の兄であり、原告はその取締役に就任したにすぎない。

(2) 同(2)のうち、高柳音楽事務所が大阪におけるブレンデルの公演をJアンドJに売却したことは認め、JアンドJが、同音楽事務所に対し、同音楽事務所が引受け手がなく困惑していた他の二つの企画とブレンデルの企画とを引き受けるという条件を提示したことは否認し、その余は不知。他の二つの企画とブレンデルの企画とを抱き合わせで引き受けて欲しいという条件を提示したのは同音楽事務所の方である。

JアンドJが他の二企画と共にブレンデルの公演を引き受けたことは、以下の理由により、被告に対する妨害行為になりえない。即ち、被告が高柳音楽事務所にブレンデルの出演依頼をした時点では、JアンドJと同音楽事務所との契約はすでに完了していた。さらに、同音楽事務所が提示したブレンデルの公演の契約条件は、他の二企画があまり人気のないものであったため、非常な危険を伴っており、原則として危険負担はせず定期公演以外の自主公演をしないことにしている被告が、応諾できる条件ではなく、また、他の二公演は引き受けず、ブレンデルの出演のみ確保することは到底不可能であった。したがって、JアンドJがブレンデルの公演を契約していなければ、被告に同人の出演確保ができたとはいえない。

(3) 同(3)は被告の減収の点を除き認める。

ある演奏会が他の演奏会により影響をうけることは、競争原理が保証されている社会では当然のことであり、JアンドJが演奏会の企画をしなくても他の音楽事務所がこれをするのである。したがって、JアンドJの企画がなければ、被告の演奏会の客足が大幅に低下しなかったとはいえない。

(4) 同(4)のうち、JアンドJが被告の「朝比奈隆氏生誕八〇年記念定期演奏会」に対抗して「朝比奈隆バースデーコンサート」を企画したことは否認し、その余は認める。

被告が「朝比奈隆氏生誕八〇年記念定期演奏会」として予定していたのは被告の定期公演において同氏の指揮するマーラーの「一千人の交響曲」であるのに対し、原告の企画していたのは朝比奈氏の功績にふさわしい日本の音楽界をあげてのお祝いコンサートであり、被告に対する妨害とか競業を云々する問題ではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実(原告が被告との間で雇用契約を締結したこと、被告が原告の被告におけるコントラバス奏者たる地位にあることを争い原告の就労を拒否していること、原告が被告から支給を受けていた本給及び交通費)は当事者間に争いがない。

二  抗弁1の事実(被告が原告に対し本件解雇の意思表示をしたこと)は当事者間に争いがない。そこで本件解雇の効力につき判断する。

1  就業規定第[2]項、協定第[5]項の存在及び内容は、当事者間に争いがない。

原告は、就業規定第[2]項の楽団員の解雇事由は限定的列挙であると主張する。なるほど〈証拠〉によれば、就業規定には右条項以外に楽団員の解雇に関する規定はない。しかしながら、同条項の文言に照らし、原告主張のように解すべき必然性はないのみならず、原告主張のように解するとすれば、同条項で列挙され、またはこれに準ずる事由以外の事由による解雇はおよそできないことになり、例えば非行により被告にいかなる損害を与えた楽団員ですら被告は解雇できず、同人が自ら退職しない限り同人との雇用契約の継続を余儀なくされる等の不都合な結果を招来することになるから、原告の右主張は採用できず、同条項列挙の解雇事由は例示的なものと解するのが相当である。

被告は、協定第[5]項は就業規定第[2]項を受けて規定されたもので、楽団員の義務違反ないしは背信行為を理由とする解雇には適用されない旨主張する。しかしながら、右条項は文言上協議の対象となる解雇を何ら限定していないのみならず、〈証拠〉によれば、協定は楽員の採用、休職について組合の関与を認めている外、採用時における楽員、従業員の採用条件、職員以外の楽団員の退職条件、組合員の昇進、降格、登用、賞罰、定員をも組合との協議条項とし、被告の行う人事に組合が参加することを広く認めているのであるから、同条項は、被告の楽団員に対する恣意的な不当解雇を防止することを目的として、あらゆる場合の解雇について適用されると解するのが相当である。右説示に反する〈証拠〉は信用し難い。

したがって、被告の主張及び右各記載部分は、採用できない。

2  そこで抗弁3(本件解雇についての組合との協議等)につき検討する。

抗弁3の事実のうち、組合が被告に対し本件解雇につき直ちに同意できないとして団体交渉の申入をし、被告と組合が同六三年一月六日から同月三〇日まで計六回に渡り協議を実施したことは当事者間に争いがない。そして〈証拠〉によれば、組合は、同月三〇日被告の原告に対する解雇意思が不動であるため、同日以後本件解雇問題から手を引くとして、被告との協議を終息したことが認められる。

しかしながら、〈証拠〉によれば、被告代表者本郷公は同六二年一二月二二日宮澤、被告事務局次長小林の立会いで原告に対し本件解雇問題につき事情聴取を行った後、同月三〇日原告に対し同六三年一月三一日付契約解除通知書を手渡そうとしたが、原告が受領を拒否したため、翌日、原告へ内容証明郵便で同六二年一二月三一日付契約解除通知書を(甲第八号証の一)送付したこと、本郷、宮澤は本件解雇につき協定第[5]項の組合との協議は不要であると考えていたこと、被告は組合から団体交渉を受け本件解雇についての右協議を行い、組合側に対し解雇理由を説明したものの、第一回協議から第六回協議に至るまで、一貫して本件解雇につき再考の余地はないとして、原告の復職を拒否する姿勢を続け、協議の実はあがらなかったことが認められる。

さらに、前記認定事実に〈証拠〉を総合すれば、同六二年一二月二二日被告から事情聴取を受けた原告が、このことを組合へ報告し、組合は、その本部である労働組合日本音楽家ユニオン(以下「組合本部」という)の指導のもとに本件解雇問題に取り組むことを決め、同六三年一月六日原告に対し第一回即時解雇を行った被告に団体交渉を申入れ、被告との間で本件解雇に関する協議を計六回行ったが、最後まで原告の意思を尊重すべきだとして被告に対し原告の復職要求をしていたこと、右協議には最初の二回は組合本部事務局次長佐藤一晴が、第三回から組合本部運営委員藤原靖彦が加わったこと、原告は、組合に対し組合本部の顧問弁護士による法的救済を依頼したが、組合費を個人のために使えないとして拒否されたこと、組合本部は、顧問弁護士の意見を聞いたとして当初から原告が何らかの処分を受けることは止むなしとし、被告に軽減措置を求めるべく組合を指導していたこと、組合は、同月二五日原告代理人弁護士渡辺四郎の話合いの申入れを受け、同月二七日同弁護士と話合いをしたこと、その際同弁護士は組合に対し本件解雇に同意しないことを強く要望したこと、組合は同月三〇日被告との協議を終息したが、原告に対し本件解雇に同意したとの説明はせず、「原告の復職という意見と被告の復職を認める条件なしの意見が平行線のまま協議を終息した」旨記載された同日付組合及び組合本部名義の「大阪フィル支部会員・南村初さんの契約解除問題に関する経緯と見解」と題する書面(甲第一〇号証)を交付したこと、ところが被告の原告に対する翌三一日付解雇通知書(甲第八号証の二)には組合が被告の解雇を認めた旨記載されていたので、同弁護士は組合の安藤信行事務局長にこのことを質し、かつ被告と組合との協定書等の文書のコピーの交付を要求したが、安藤は即答を避け、かつ右文書のコピーの交付は、原告が既に組合員でないとして拒否したこと、そこで同弁護士は同年二月一五日組合及び組合本部に対し組合が本件解雇に同意したか否かを文書による回答を求めたが、安藤は同月二五日前記「大阪フィル支部会員・南村初さんの契約解除問題に関する経緯と見解」と題する書面記載のとおりである旨文書で回答したこと、組合は同年四月二三日音楽関係者に対し本件解雇問題に対する組合の対応を知らせる書簡を発したが、同書面にも組合は被告との交渉を終息したと記載されているに止まること、ところが、大阪地方裁判所は、原告の被告に対する地位保全の仮処分申請に対し、同年五月一一日、本件解雇につき被告と組合間で協定第[5]項所定の協議が整ったとは認定できない等の理由により、原告の申請を認容したのに対し、組合本部争議対策部は右決定に呼応するかのように、同月一六日、本件解雇については協定第[5]項所定の協議は整ったものと判断しているとの見解を発表したこと、また右決定直後の組合運営委員会の議事録(乙第一一号証の五)には組合は「復職できない」ことを了承して被告との協議を終息したとの記載があり、組合の同年六月二四日第四回定期総会議案書(乙第三号証の三)には、本件解雇につき組合は被告の最終回答を受け入れた旨記載されていること、以上の事実が認められる。

ところで、協定第[5]項にいう「協議」とは、前記同条項の目的に照らし、特段の事情がない限り解雇の意思表示の事前になされることが必要であり、しかも、単に労使が当該解雇につき話合いの場を持っただけでは足りず、解雇の是非当否について双方がそれぞれの立場から、議論を尽くすことをいうものと解され、同条項にいう「協議が整った」とは、労使が右議論を尽くしたうえで双方が解雇相当との結論に到達した場合をいうと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定事実を総合すれば、被告と組合の本件解雇についての協議は、第一解雇後初めてなされ、しかも右協議は六回を数えたものの、被告は終始一貫して原告の解雇に固執し、組合の行う原告の復職要求に対し一顧だに与えなかったため、組合は右要求の実現が不可能であることを知り、ついに被告との交渉を断念し、これを終息したのであるから、右協議が同条項にいう協議に該当すると認めることは困難であり、また、組合が右経緯で被告との交渉を終息したことをもって、組合が本件解雇に同意したものと解する余地があるとしても、右同意が同条項の「協議が整った」場合に該当しないこともいうまでもない。したがって、本件解雇手続は同条項に違背するものといわねばならない。

3  本件解雇は、協定第[5]項に規定する組合との協議が整わずなされたものであるが、本件解雇事由が解雇に相当する強度の背信性をもち、かつ、協議が整わなかったことにつき専ら組合に非がある等の特段の事情が認められるときは、なお本件解雇は有効であると解するのが相当である。そこで、抗弁4(本件解雇理由)につき検討する。

(1) 同4の(1)について

〈証拠〉によれば、被告は、権利能力なき社団として大阪フィルハーモニー交響楽団を主宰し、昭和六二年度において大阪市で年九回の定期演奏会を自ら企画し、開催しており、自己以外の音楽関係者の演奏会の企画、運営等に全く携わっていないこと、原告は、兄南村武治とともに、JアンドJを設立してその取締役に就任し、昭和六二年九月二八日その登記を完了したこと、JアンドJは、各種催し物の企画、運営、構成、実施、その他を目的とし、本店を大阪市西区に置いたこと、原告は、JアンドJにおいてチーフディレクターと称し、武治がこれまで音楽と全く無関係であったため、原告が音楽関係の各種催し物の立案、企画等については中心的に活動していたことが認められる。

ところで被告は、被告とJアンドJとは競業関係に立つから原告がその取締役として活動したことをもって被告に対する背信行為である旨主張する。たしかに、後記認定のとおり、被告が企画したアルフレッド・ブレンデルの客演演奏とJアンドJが同時期に開催した同人の演奏会が一種の競業の関係にあることは否定しえない。しかし、被告は自らの演奏会のみを企画し主催しているのに対し、JアンドJはオーケストラ、ソリスト等他の音楽関係者の演奏会の企画、主催等を業としているのであるから、両者は全体としてみれば競業関係に立つとは言い難く(JアンドJが被告の演奏会を主催することもありうる)、JアンドJの営業活動により直ちに被告が損害を被るとはいえず、後記認定のとおり現に被告はJアンドJの業務活動により損害を被ったとも認め難いのである。そして、〈証拠〉によれば、原告は同年一二月三一日被告の意向を知るや直ちにJアンドJの取締役を就任しその旨登記を完了していること、JアンドJは同六二年一二月二九日元関西交響楽団のバイオリンニスト川崎貞雄の入社を決め、同人は同六三年三月一七日から毎日JアンドJに出社して、同社における音楽関係の仕事に従事し、原告はこれを行っていないことが認められる。そうすると、原告がJアンドJの設立に関与し、一時期同社の取締役としてその業務に従事したことが、直ちに被告に対する重大な背信行為に該当すると即断することはできない。

(2) 同(2)について

〈証拠〉によれば、被告は、宮澤らが中心になって毎年六月から七月にかけて翌年の定期演奏会のスケジュールやプログラムを設定し確定していること、そして昭和六二年七月ころ、翌年一〇月二日の定期演奏会には、その時来日予定の世界的ピアニストであるアルフレッド・ブレンデルを招聘しその客演によるピアノコンチェルトを計画し、その招聘元である東京の高柳音楽事務所に同人の出演確保を依頼したが、その後しばらくたって同音楽事務所はこれを断ったこと、そこで被告はすでに企画していた同日の定期演奏会のスケジュールの組み替えを余儀なくされ、同年一一月二日他のプログラムをもって代替せざるを得なかったこと、他方、JアンドJは、同六二年七月二五日武治が上京して同音楽事務所との折衝に当たり、同音楽事務所が引受け手がなく困惑していた他の二つの企画(ピンカス・ズッカーマンのバイオリンリサイタル一公演とザルツブルグ・モーツァルテウム・四重奏団二公演)を引受けることを条件に大阪におけるブレンデルの公演を獲得したこと、以上の事実が認められる。

ところで、被告はJアンドJがブレンデルの大阪公演の主催者になったことをもって、原告の被告に対する妨害行為、背信行為である旨主張する。なるほど右認定事実によれば、被告は世界的名声を博するブレンデルの招聘に失敗したため、定期公演の計画変更を余儀なくされ、相当な痛手を被ったことは疑いない。しかしながら、JアンドJがブレンデルを獲得していなければ、被告がブレンデルの出演を確保できたであろうことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、前掲乙第一五号証の一によれば、宮澤自身同六二年一二月ころまではブレンデルの大阪公演はザ・シンフォニーホールが主催するものと考えていたのであり、JアンドJが引受けなくても他の音楽事務所等が引受けていた可能性もあり、またブレンデル自身がコンチェルトの出演を拒否する可能性もあったこと、そしてJアンドJがブレンデルを獲得した条件は、自己以外の音楽関係者の演奏会の企画等をしていない被告において容易に受け入れることができないものであること、さらにJアンドJ或いは原告が事前に被告のブレンデル招聘計画を知っていたと認めるに足りる的確な証拠もないこと等を総合すると、JアンドJがブレンデルの公演を主催したことをもって原告の被告に対する妨害行為、背信行為ということはできない。

なお、〈証拠〉中原告は被告の前記計画を予め知っていたとの部分は、〈証拠〉と対比して直ちには信用できない。

(3) 同(3)について

〈証拠〉によれば、被告は、大阪フェスティバルホールにおいて同六三年五月一七日(大友直人指揮)、七月九日(朝比奈隆指揮)に定期演奏会を開催し、JアンドJは大阪シンフォニーホールにおいて同年五月二二日フランス・ブッリュッヘン指揮一八世紀のオーケストラの、七月一二日ウィーン・シュトラウス・レハール管弦楽団の各演奏会を開催したことが認められる。

ところで、被告は右二つの定期演奏会において客足が低下し、被告の収入が減じたと主張し、乙第一五号証の一にはそれに沿う記載がある。しかしながら、右記載は宮澤の一般的推測に止まるからたやすく信用することができず、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

そして、確実に被告の収入減につながるのならばともかく、JアンドJの行った、被告と性格の異なるオーケストラの演奏会の開催が、単に期日が被告の定期演奏会と近く、場所が同じ大阪市内というだけでは、原告の被告に対する背信行為とはいえない。

(4) 同(4)について

〈証拠〉を総合すれば、昭和六三年七月九日は被告楽団の音楽総監督兼指揮者・朝比奈隆氏の八〇回目の誕生日であったこと、被告は、これを記念して「朝比奈隆氏生誕八〇年記念定期演奏会」として被告の定期公演において同氏の指揮するリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲等を演奏し、翌日民主音楽協会の主催でこれを再演し、同年一一月六日東京サントリーホールにおいて同氏の指揮で、マーラーの第二交響曲を演奏し、さらに八〇歳記念ベートーベンチクルスとして関西の各地でベートーベンの全交響曲の演奏会を挙行したこと、他方、原告は、ザルツブルグにおいて故カール・ベームの八〇歳の誕生日を記念して、カラヤンをはじめ世界中から超一流の音楽家が集まり盛大なお祝いコンサートをベームにプレゼントしたことに因み、小沢征爾をはじめとする日本の著名音楽家を一同に集め、朝比奈氏の功績にふさわしいお祝いコンサートを計画し、スポンサー及び発起人確保のため、電通に「朝比奈隆バースデーコンサート趣意書」及び「予算書」(甲第一七号証の一、二)を提出して、大阪フィルの南村名で協力を要請したこと、被告はこの計画を、同年一月中旬ころ、電通から原告の人物についての問い合わせを受けたザ・シンフォニーホールの高岸館長からの連絡で初めて知ったこと、朝比奈氏も当時原告の右計画を知らなかったこと、原告は本件解雇問題が発生したため右計画を中止したこと、以上の事実が認められる。

ところで被告は、原告においては右計画を被告に対抗するため被告らに無断で行ったもので、被告に対する背信行為に当たる旨主張する。しかしながら、右認定事実によれば、被告が計画し挙行した朝比奈隆生誕八〇年を記念しての各演奏会と原告の計画していたコンサートとは性格が全く異なるものであるし、原告の右計画の実現は被告及び朝比奈氏の応諾にもかかることであるから、これをもって原告が被告に対抗したということはできない。もっとも、原告が電通に対し大阪フィルの南村の名前を使ったこと、かかる計画につき被告及び朝比奈氏に無断であったことは、問題なしとしないが、被告に対する重大な背信行為とまでいうことはできない。

(5) 前記のとおり、組合においても被告の主張する本件解雇理由に対し何らかの処分は止むなしとするが、直ちに解雇を相当する重大な背信行為との認識まで有していなかった。

(6) 以上の認定説示を総合すれば、原告に本件解雇を相当とする重大な背信行為があったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

4  右認定説示によれば、本件解雇は、その手続において協定第[5]項に違背してなされた違法なものであり、しかも、前記特段の事情も認められないから、無効であるといわねばならない。

三  請求原因2(損害賠償請求)について

以上の説示によれば、被告の本件解雇は違法・不当なものと認められ、被告は故意または過失によりこれを行い、これにより原告は精神的苦痛を受けたことは明らかであるから、被告の本件解雇は原告に対する民法上の不法行為に該当すると認められる。そして、原告の右精神的苦痛及び右不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は、いずれも金三〇万円であると評価される。なお、本件不法行為時は、第一解雇のなされた昭和六二年一二月三一日であると解するのが相当である。

四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は主文第一、第二項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 市村 弘 裁判官 鹿島久義)

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